ペルー料理の炒飯食べたら元気出た

comida-peruana

はじめまして。COCINERO-CLAROです。
ペルー料理が食べたくなったので作ってみました。
完全にど素人ですが、食事報酬が欲しいので最後までがんばります。

今回の炒飯はCocinaTVさんの動画(Como hacer Arroz chaufa peruano/how to make chinese peruvian fried rice..)を参考にしながら作りました。
材料は自分好みに変更しています。

材料(2人前):
卵3つ、白米400g、鶏胸肉300g、生姜100g、ニンニク2片、ネギ100g、醤油大さじ2杯、塩適量、胡椒適量

まずは溶き卵を作ります

溶き卵3つ

卵3つで作っています。
混ぜる時間とか分からないのでかなりテキトーです。
やっぱりYouTubeチャンネルで料理放送をしているくらいの方は、
混ぜ方とか様になってるんですよね。

私には“素早く混ぜる”とか“まんべんなく混ぜる”とか、そんな事はできません。
そういえば卵を割ったときに何回か殻が入ってしまいました。

溶いた卵はフライパンに流し、少し色がつくまで待ちます。

次に卵を角切りにします

卵の角切り?

炒飯ってこうやって作るのが一般的なんでしょうか。
私のこれまでの作り方といえば、
卵をフライパンに入れてからそのまま白米を上にのせて、
ご飯と卵を早い段階で混ぜる感じだったんですけど
普通そのような手順はありえないのかもしれません。

とりあえず卵を上の画像のように切って、次の工程に進みます。

鶏胸肉をフライパンで炒めます

鶏胸肉たぶん300g

用意した鶏胸肉は300gくらいだと思います。
動画では、ウインナーも入れていましたが、今回は鶏胸肉のみでいきます。

ウインナーなどの加工肉って身体に良くないって聞くので、
あまり食べないようにしています。でもお菓子とかマックは平気で食べますたまに。
お買い物するときに原材料名が見えると、買うのが怖くなって
ウインナーに対する購買の制御は効くのですが、マックは見えないので買えてしまうのです。
お菓子に関しては表面しか見ないのでもっと余裕です。

調味料と一緒に炒めます

調味料を一気に追加

動画では、鶏胸肉に対してニンニク(粉)から味付けをして、
塩、胡椒、醤油、生姜と順番に追加していた気がします。

私の場合はもうめんどうだったので、
ニンニクと生姜をまとめて追加し、塩コショウも一緒に入れました。
その後に醤油を二回りくらい。

ペルーの炒飯って醤油入れすぎなんですよね。

最後に卵とネギを追加します

ネギ少ない?

ネギはすぐに火が通ってしまうので、最後に入れました。
ここは動画の手順通りだったと思います。
緑が加わることによって見栄えが良くなりましたね。

これらを混ぜたら、最後に白米を追加します。
写真撮るの忘れました。すみません。

arroz chaufa(炒飯)の完成

美味しそうなchaufita

雰囲気はかなり良さげですね。
醤油の色がきちんと反映されています。これが(私が思う)ペルーの炒飯。
ただ、匂いは違いました。
おばあちゃんが昔作ってくれた炒飯はもっと良い匂いだった気がします。

味の方は、かなり好印象です。
そうそう、この醤油の効いた炒飯が食べたかったんだと思いました。
生姜が少し多かったので、次回は控えめにします。

そういえばペルーの中華料理屋に出てくる炒飯もいい匂いです。
maracuya(パッションフルーツ)のジュースと一緒に炒飯を食べるのが好きでしたね。
炒飯のあの匂いはどうやって再現したらいいのか、まだ分かりませんが、
これからもペルー料理を作っていき、昔感じたその味と匂いを体現したいです。

中華料理屋で思い出したのですが、
昔お店で注文したtallarines rojos(トマトスパゲッティ?)のボリュームが多くて、
途中でお腹いっぱいになってしまったことがあります。
でもおじいちゃんに「残したらダメ」だって言われて、不貞腐れていました。
もう食べられないよと思っていたとき、
自分たちが囲むテーブルに小さな子どもたち兄弟4人?が近寄ってきました。
ペルーでは幼い子どもが街に出て日銭を稼ぐのは当たり前の光景で、
かわいそうですが関わる人全員を相手にしていたら自分たちがもたなくなるので、
普通は食べ物を恵んだりしないのですが、
私がもう食べられないとわがまま言っていたせいでおじいちゃんは仕方なく、
その子どもたちに食べ物を配ることにしたのでした。
「食べ物を粗末にするのは良くないから…」と独り言のように言いながら
子どもたちに分け与えていました。
私が食べたあとだったので、お皿には一人分もなかったわけですが、
その子どもたちは表情を変えず、お礼だけ言ってその場から離れていきました。
子どもたちが無表情だったのは、
普段から我慢しなければならない飢えによる産物だったのかもしれません。

もう20年ほど前の出来事で、私は当時4歳くらいだったと思います。
その時は何とも思わなかったのですが、
こうして今でもそのことを覚えていることに正直驚いています。
子どもながらに感じるところがあったのでしょう。
今も普段から食事ができる環境に身が置けて良かったと心底思います。


【P.S.】
インスタグラムも始めました。
インスタ映えできるよう写真は全てスクエア(1:1)で撮影しています。

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次はロモサルタード(Lomo saltado)作りたいですました

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